こんにちは

家老の志賀道輝役を演じます安東達夫です。
大分県民演劇には30年前から数年間役者で参加し、少し間を置き、16年前の国民文化祭福沢諭吉」公演で舞台監督、そして今回中沢とおる氏追悼公演ということで、再び役者で参加させていただくことになりました。

初めて参加した頃、まだ20代だった私は中沢先生や劇団員の皆様に演劇の厳しさや楽しさを教えられました。
そして、誰が言い出したか覚えていませんが、当時流行のアニメ「Dr.スランプあられちゃん」のDr.スランプこと則巻千兵衛に私が似ているということで「せんべえ」という愛称?で通っていました。
だから、私の本当の名前は皆知らないというか、忘れてしまっていた(冗談抜きで)と思います。
まあ、ある意味県民演劇で芸名?を持っていた唯一の役者だったと言えないこともないのですが(オッホン!)
…でも、実際は私の出来が悪かったせいもあるのですが稽古中に一番中沢先生から駄目出しが出されていたのは私だったかな(エへへ)。

ついでに、その当時の県民演劇の様子を紹介(暴露?)しますと…
今回、県民演劇OBとして参加している末田さんはすでにプロ顔負けの脇役と名を成していましたし、村人役でOG参加の菊入さん、三ヶ尻さんのお二人は県民演劇を代表する看板女優でした。
それに割って入る形で中沢先生の秘蔵っ子として新進気鋭の期待の若手女優、清末典子さんがめきめきと頭角を現し始めた頃だったと記憶しています。
今回は演出として、皆を指導する立場で、ときどき、頭角ならぬ頭に角を生やして皆を叱咤激励していますが、その当時は純情可憐で才色兼備、容姿端麗で歌も歌える演技派女優として大分県民全員が憧れる存在として光輝いていました。
本当かどうかを知りたい人は、(勇気を持って)直接、本人に聞いてみて下さい。
また、一村人として参加してくれるようになったOB藤沢一夫さんは県民演劇というか大分県随一の名優としての地位を築いていました。
今回の稽古に立ち会った人はおそらくその実力を感じ取ったと思いますが、その当時から演技力はずば抜けていました。
いや、もう一人、別府の小袋丹一座という半プロ劇団に、森正剛という名優がいるということは風の便りに聞いてはいましたので、東の横綱が藤沢一夫なら、西の横綱が森正剛といったところでしょう。
まさか、今回、その大分の東西の両雄がこういった形で同じ舞台に立つということは、大分の演劇界にとって真に歴史的出来事だと言っても過言ではないのです。

今回、この二人をはじめ県民演劇OB・OGの皆さんや私と同世代の演劇好きのおっちゃん軍団や現在の大分演劇界を牽引している若手、中堅の皆さん、あるいは今回、初めて劇創りに参加した人も含めて、この劇創りに結集したかけがえのない仲間に出会えたことを本当に感謝申し上げます。

公演まであと一月となりました。
これからの一回一回の稽古が公演成功に向けて勝負のときと自覚しながら
そして、それは、何物にも変え難い幸福な時間に身を委ねられる
私にとって夢のような演劇三昧の贅沢な時間でもあります。

あと一月…
今から公演後の達成感の後の寂しさを想像するのは歳のせいかな?

最後に一言…次にバトンを渡す人は…私は小ザビエル殿からひょうきん者とか戯言を言われましたが、劇の中では、田原紹忍からひょうかん者と言われる田北鎮周役の竹田さんです。
同じ家老役として稽古の度に演出に言われるまま見つめ合う回数が増えてきて、最初はどうせ見つめ合うなら若いかわゆい女子がよかったと恨み節も言いたかったけれど、ところがどっこい、回数を重ねるごとに、最近、熟年男同士もなかなかいいかもと、見つめ合う喜びに変わりつつある盟友に後を託します…♪
目と目で通じ合う…よ・ろ・し・く・♡